2007年10月19日
『自由』と『不自由』
『自由』と『不自由』君たちは、『自由』について考えてみたことがありますか。
たぶん、君たちは、『なんでも自分の思う通りにできること』、これを
『自由』と考えていると思います。
でも、私は違うと考えます。これは、『自由』ではなく、『わがまま』だと考えます。
君たちは『自由』と『わがまま』の違いがわかりますか。『自由』には、
責任がともないます。
誰かの『自由』を邪魔しない、また、誰にも迷惑をかけないという責任がともないます。
誰かにいやな思いをさせてしまったり、迷惑をかけるような行為は、『わがまま』です。
君たちがもし無人島にいたとしたら、そこには『自由』しかありません。
迷惑をかける人が誰もいないのですから。でも、きっとき君たちは、『不自由』になります。
三色の食べ物を探さなくてはなりませんし、洗濯でもなんでも自分でやるしかないのです。
きっと君たちが、好きなようにできる時間は、今より限られる『不自由』な生活となるでしょう。
でも、君たちが生きているのは、決して無人島ではありません。
親や先生、たくさんの人達とともに暮らしています。
しかも、多くの人の助けを得て暮らしています。
たとえば、君の食べるものは誰が育てたものですか。誰が料理したものですか。
君の着ている服は、誰がつくりましたか。
洗濯は誰がしていますか。
君が遣う携帯電話の通話料は、学校の授業料は、毎日の生活費は、誰が出してくれていますか。
君たちが『自由』に動くことができるように、多くの大人が自分の時間を『不自由』に
死ながら働いてくれています。
たぶん、君たちの親の多くも、君たちのために毎日つらい仕事という、とても束縛され、
時にいやな思いをする『不自由』に耐えています。
君たち自身も、学校に行く、家の仕事を手伝うなど、いろいろな『不自由』の中で、
それを日々生きて、そして自分の『自由』を手にいれているはずです。
現実の社会で、ほんとうの『自由』とは、『さまざまな不自由に耐えながら、でもその中で、
人に迷惑をかけずつくり出すもの』なのです。
そんなものいらない、という子ども達もいるかもしれません。
でも、苦労して我慢して手に入れるものだからこそ、『自由』は尊いのです。
子ども達、もし、水谷のこの考えに納得できないのならば、すぐに学校と家を
捨ててごらんなさい。
山の中でもいい、町の片隅でもいい、自分の力で誰も頼らずに一人で生きてごらん。
君にできますか。
子ども達、『わがまま』と『自由』を絶対に同じだと考えないでください。
今の社会では、『自由』は、誰からの優しさがなくては、手に入りません。
必ず誰かが、君たちの『自由』のために『不自由』を耐えています。
だからこそ、君たちもいつかは、時々は、誰かの『自由』のために、多少の『不自由』は
我慢しなくてはならないのです。
まずは、家の仕事をてつだってごらん。きっと今度の休みの日にいいことがあります。
水谷 修
私、CMが大好きだったりします。
でも最近、イヤ~なテレビコマーシャルが・・・・・
・・・・・2つほど・・・・。
自由に情報を発信し、自由に受け取ることができる時代ですが、
『オトナ』がしっかりしてないと、子どもは『自由』と『わがまま』を履き違えてしまうのではないでしょうか?
もっとも、『オトナ』にも『自由』と『わがまま』の区別がまったくつかない人がいますけどね
でも最近、イヤ~なテレビコマーシャルが・・・・・
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自由に情報を発信し、自由に受け取ることができる時代ですが、
『オトナ』がしっかりしてないと、子どもは『自由』と『わがまま』を履き違えてしまうのではないでしょうか?
もっとも、『オトナ』にも『自由』と『わがまま』の区別がまったくつかない人がいますけどね
Posted by おひつ at 11:12│Comments(0)






























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